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    アルゼンチンタンゴの歴史

    パートナーダンスの中で最も情熱的な踊りとしてしられるアルゼンチンタンゴは、約130年ほど前にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスの港町ボカ地区で始まりました。当時のスペインやイタリアからの移民たちが日ごろの不満や苦しみを音楽にして歌い、それにあわせて踊られるようになったようです。単身赴任の男性が多かったせいか男同士で荒々しく踊られたのが最初だったと言われます。その後、男性が娼婦を相手に踊るようになり男女で踊る形式に変わっていきました。当時は、みだらな踊りと言われあまり受け入れられなかったのですが、だんだんと下級階層の人たちを中心に多くの人に親しまれるようになっていきました。1900年代には、アルゼンチンの上流階級の人たちを通してパリに紹介されます。男女が向かい合って抱き合うようにして踊るスタイルはパリっ子たちをとりこにします。あまりのタンゴ熱に一時期当時のローマ法王に禁止令を出されてしまいますが、アルゼンチンタンゴをスタイル化し正式な踊りとして認めてもらおうとするアルゼンチンタンゴダンサーの必死の思いが受け入れられその後もヨーロッパ各地で踊られるようになりました。
    一方アルゼンチンでも1940年代にペロン大統領の労働者保護政策とともにタンゴが大衆のものとなっていきます。このころがアルゼンチンタンゴの黄金時代とも言われています。
    アルゼンチンタンゴはどんどん世界に広がり、あらゆる国の人たちに親しまれるようになります。
    アストル・ピアソラを通して新しいタンゴ音楽がいろんな音楽の分野で紹介され、よりいっそうの人気を集めています。新しい音楽には新しい踊りと様々なスタイルが生み出されてきました。
    タンゴとバレエの結合と試みて作られた”タンゴアルヘンティーノ”は、世界的に大成功を収めました。その後、ブロードウェイで”フォアエヴァータンゴ”が公演され、さらに世界中にタンゴファンを増やすこととなりました。



     

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    Diseo y programaci&oacuten: Crhistian Pellenc (Argentina).
     
    東日本大震災チャリティーショー

    2011年10月23日(日)18時

    Tango Fever Studioにて

    入場料:3000円
    (2ドリンク付き)
    *入場料は、義援金として寄付します。
     お問い合わせ:
    Tango Fever Studio 
    (096)346−8158
              maki@tangofever.info
    angofever.info